博士の呼び方と外国語

さて,博士の学位は,ちょっと昔までは「医学博士」「理学博士」「工学博士」などと表記していたのだが,最近は「博士(医学)」「博士(理学)」「博士(工学)」などと表記するようになってきた。 これは,博士を一律Ph.D(Doctor of Philosophy;哲学博士)と呼び習わしていたものが,最近になってDr.Med.,Dr.Sci.,Dr.Eng.などと呼ぶように変わってきたことと軌を一にしていることから,なんらかの制度改革(?)があったものと推察される。

なお,Ph.Dという呼び方に関して,哲学博士と訳してしまうと,哲学が単なる一学問分野というイメージがあるために,日本では混乱を来たしてしまうことが大半だろう。 だが,これは日本においてそうなってしまっているだけで,もともと,Pholosophyという単語には,「原理」であるとか,「哲理」といった「物事の真実」っぽいニュアンスがあるため,Ph.Dといった場合に,ヨーロッパ系の諸言語では,何かの分野をよく知っている人,くらいの語感を自然にもっているのである。


一般的に,一つの単語が意味空間で指し示す領域には広がりがあり,その広がり具合は言語ごとに異なる。 言葉の訳出が非常に難しいのはまさにこのあたりで,いわゆる「まめ単」「でる単」覚えでは大失敗するのがオチなのである。

人にちょっと呼びかけるときに「sorry」と言ってしまう日本人が後を絶たないのは,日本語における「すみません」の意味領域と「I'm sorry.」「Excuse me.」の意味領域の広がり具合が全く異なることに対する意識がないからだろう。 「I'm sorry.」は犯した罪に対して恐縮する際に「すみません」として用いられるだけでなく,不幸な話を聞いたときに「お気の毒に...」とつぶやく際にも頻繁に用いられるような,そういう意味領域の広がりをもつ表現なのである。

そんな眉根に皺を寄せる表情こそが似つかわしい「I'm sorry.」を,どの面下げて「すみませーん,そこの醤油とって下さーい」に使っちゃうのかなー。 「I'm sorry.→すみません,お気の毒に」と覚えちゃうからそういうことになっちゃうのな。 ニュアンスで覚えろっちゅーの。