社会不適合者に対する理由なき腹立たしさを読み解く

メイティングマインド(Mating Mind,ASIN:038549517X)というのは,「異性に魅力を感じる精神衝動」を突き詰めた先にある仮説の一つで,極端なまとめかたをすると,「個体は交尾相手を探す際に『生存能力の高さを証明する特徴に魅力を感じる』という規範(コード)に支配される」とする考え方だ。

体の大きさや力の強さといった,個体の能力の高さを直接的に示す特徴も当然Mating Mindの対象だが,間接的な特徴もMating Mindの対象となる。例えば,ムダにみえるクジャクの尾羽は,「そのようなジャマなものをものともせずに餌を十分に採ることができた」ことを示すので,間接的にその個体の採餌能力の高さを証明する。そのためクジャク(メス)は,「大きくて傷のない尾羽をもつクジャク(オス)に惹きつけられる」というコードに支配されることになるというふうに考える。

人間ではどうだろう。

我々の衝動が無意識下でMating Mindというコードに支配されているのだとすれば,人間においては,単純な生物としての生存能力の高さではなく,いかに高い内容のライフを送れるかがMating Mindの対象となるのではないだろうか。*1

人間は社会動物なので,相対的に豊かなライフを送る可能性が高い個体は,多くの人間が協力してくれる(してくれそうな)個体だろう。すなわち,交友関係の豊かさに繋がる特徴が,人間におけるMating Mindの対象となるんじゃなかろうか。*2

もし,ヒトの無意識がこうした「ポストモダンなMating Mind」によって他者を選別しているのだとすれば,豊かな人間関係の構築が不得手と見られる個体,すなわち「社会不適合者」とされるヒッキー,大阪のゴスロリ少女,なんで殺しちゃだめなの問題の少女,幼女嗜好な人たちなどに対する昨今の風当たりの強さも説明できそうな気がする。

すなわち,それは「ポストモダンなMating Mind衝動の裏返し」なんじゃなかろうか。

だから,彼らに対して多くの人たちが抱く「自助努力せぇよ」「甘えるな」云々という衝動は,人間がかつて動物として,同種の他者を選別していた名残であって,その精神の動きを後付のリクツで説明しなくてもいいんじゃないのかなと思う。それは人間が「ご飯を食べないと生きていけない」レベルの動物的な部分なんじゃないかな,と。

http://d.hatena.ne.jp/taro3/20031113id:svnseedsサンのコメントにお答えしてみた。また乱暴なことを言っているように思うが,どんなもんスかね?

*1:原始時代はいざ知らず,現実性を失ったポストモダンに生きる現代の人間が,「採餌能力の高さ」などにMating Mindの衝動をトリガされるというのはナンセンスだろう

*2:「多くの人間が協力してくれる」に結びつく直接的な特徴は,当然「豊かな人間関係を既に築いていること」だが,間接的な特徴としては,容貌,外見,センス,話術,性格,ライフスタイル,持ち物,財産などが挙げられるだろう